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補完・代替医療総覧(2)

連載2


―補完・代替医療総覧ー
患者の問いに答えるために


長谷川 淳史 (TMSジャパン代表)


全人的アプローチを掲げる補完・代替医療の世界的潮流と未来、そこに垣間見える光と影を探る。


CAMとは何か

まず、CAM(「カム」もしくは「キャム」と発音)の定義について触れておきたい。主にアメリカで使われている代替医療(Alternative Medicine)という用語は、現代医学に取って代わるという意味合いが強く、一方、主にイギリスで使われている補完医療(Complementary Medicine)という用語は、現代医学を補うという意味合いが強い。

しかし、いずれも現代医学という名の主流医学(Mainstream Medicine)や正統医学(Orthodox Medicine)のカテゴリーに含まれない医療、すなわち大学医学部では教えられず、国家資格を持つ医師は行なわないという共通点があることから、現在では両者をCAMという用語で統一している。つまり、CAMの定義は「主流医学や正統医学のカテゴリーに含まれない医療」ということになる。

また最近では、CAMと現代医学とを融合させ、患者中心の医療を目指す「統合医療」(Integrative Medicine)という概念が急速に広まりつつある。アメリカの国立補完代替医療センター(National Center for Complementary and Alternative Medicine)ではCAMを5つのカテゴリーに分類し(表1参照)、統合医療を推進すべくCAMの科学的研究とその情報公開を行なっている。

表1.CAMの分類

分類と名称 内  容
代替医療システム
(Alternative Medical Systems)
伝統医学(中国伝統医学・アーユルヴェーダ・ユナニ医学)、ホメオパシー、ナチュロパシーなど
心身への介入
(Mind-Body Interventions)
瞑想、祈り、精神療法、芸術療法、音楽療法、ダンスセラピーなど
生物学的治療法
(Biologically Based Therapies)
ハーブ、食餌療法、ビタミン、ミネラル、サメ軟骨など
手技療法とボディワーク
(Manipulative and Body-Based Methods)
カイロプラクティック、オステオパシー、マッサージなど
エネルギー療法
(Energy Therapies)
気功、レイキ、セラピューティックタッチ、電磁場療法など

(National Center for Complementary and Alternative Medicine)


だが、CAMを「主流医学や正統医学のカテゴリーに含まれない医療」とする安易な定義には、いささか違和感を覚える。なぜなら、国によって主流医学や正統医学が異なるからである。

健康の定義が揺れた日

1998年1月、WHO執行理事会において、健康の定義の改正案が提出された。それは、1946年に定めたWHO憲章にある健康の定義「単に疾病または病弱が存在しないことではなく、身体的、精神的、社会的、そのいずれもが健全な状態」(Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity)から、「単に疾病または病弱が存在しないことではなく、身体的、精神的、社会的、霊的、そのいずれもが健全な連続的状態」(Health is a dynamic state of complete physical, mental, spiritual and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity)に改正してはどうかという提案である。

この改正案は議論の末に投票に持ち込まれ、最終的に賛成22、反対0、棄権8で、翌年に開かれる世界保健総会の議題とすることが採択された(ちなみに日本は棄権)。

ところが1999年の世界保健総会では、健康概念の改正は必要という意見は多いものの、他の議題と比較すれば優先順位が低いという理由で実質的な審議は行なわれず、事務局長預かりとなったまま、その後の目新しい動きはない。

改正案提出の背景

こうした一連の動きの背景には、ある興味深い思惑が見え隠れしている。実は、改正案を提出したのは、表2に示す国々で構成されたWHO東地中海地域事務局であり、いわゆるイスラム文化圏といわれる地域である。イスラム文化圏では、現在でもユナニ医学という伝統医学が主流医学、正統医学として行なわれている。


表2.WHO東地中海地域加盟国

アフガニスタン、バーレーン、キプロス、エジプト、イラン、ヨルダン、クェート、レバノン、リビア、モロッコ、オマーン、パキスタン、カタール、サウジアラビア、ソマリア、スーダン、チェニジア、アラブ首長国連邦、イエメン

(臼田寛&玉城英彦, 日本公衛誌, 2000)


健康の定義の改正案が提出されたWHO執行理事会では、「spiritual」とは人間の尊厳の確保や生活の質(Quality of Life)を考えるために必要な本質的なものという意見や、「dynamic」については健康と疾病は別個のものではなく連続したものという意見が出たが、「spiritual」と「dynamic」の真の意味は、宗教と医療が渾然一体となったイスラム文化圏の健康感を知らずして理解することは不可能かもしれない。

また、「身体的、精神的、社会的、そのいずれもが健全な状態」という健康の定義を掲げながらも、肉体と精神はまったく別のものとみなす「デカルト的二元論」や、ラ・メトリーの「人間機械論」といった哲学から、現代医学は完全に抜けきれてはいない。肉体ばかりに目を奪われ、人を細分化、数値化、客観化することに躍起となり、精神的、社会的アプローチをなおざりにしていると見られても仕方のない面がある。

そうした現代医学に対し、全人的なアプローチで人を癒そうとする伝統医学が不信感を抱き、半世紀以上も変わらない健康の定義を拡大しようと考えるのは、ごく自然な成り行きではないだろうか。

しかし、現代医学こそが主流医学、正統医学だとする西洋諸国は、宗教と医療との混同を嫌い、イスラム文化圏のユナニ医学の横行を危惧したのではないか、という見方もあるのだ。


参考文献&ウェブサイト

1) 蒲原聖可『代替医療』中央公論新社,2002.
2) バリー・R・キャシレス『代替医療ガイドブック』春秋社,2000.
3) 上野圭一『補完代替医療入門』岩波書店,2003.
4) National Center for Complementary and Alternative Medicine.
5) 上馬塲和夫『代替医療&統合医療イエローページ』河出書房新社,2005.
6) WHO Policy Perspectives on Medicines. Traditional Medicine 2002.
7) 臼田寛&玉城英彦,WHO憲章の健康定義が改正に至らなかった経緯,日本公衛誌,47(12),p1013-1017,2000.
8) WHO憲章の健康定義改正案の経過.

代替医療通信, 第5号, 2007.

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