腰痛治療最前線―TMSジャパン公式サイト-図書室



TMS理論からみた腰背部痛の症例


TMS理論からみた腰背部痛の症例


守屋カイロプラクティックオフィス 守屋 徹
(日本カイロプラクティックアカデミー理事)


1.はじめに

年間扱う症例の中でも腰背部痛は圧倒的に多い。それだけの数を診ていいれば、そろそろ腰痛の何たるかが見えてきてもよさそうだが、「されど腰痛」の感は免れない。的確に治癒に導くことができた症例もあれば、どうして良くなったのか不思議に思うことがあったり、なぜ治らないのかと首を傾げざるを得ないものもある。

そうした戸惑う症例にこそ応用できそうなTMS理論のことを知ったのは、Andrew Weil M.D.の訳本『癒す心、治る力』によってであった。Dr. Weilは、椎間板ヘルニアによる腰痛・下肢痛に長年苦しめられたあげく手術を勧められていた友人の政治学者の例をまじえてTMS理論を紹介している。TMS(Tension Myositis Syndrome:緊張性筋炎症候群)理論は、John E.Sarno,M.D.が提唱した心身相関に関する新しい病気と健康の概念であり、生理学的、心理学的メカニズムから疼痛症候群を解明した仮説である。


早速、インターネットのオンライン書店からアメリカでベストセラーになったDr.Sarnoの著書を検索すると、読者からの感想が届いている。私が検索した書店の書評は45件で、そのほとんどが感謝と賛辞の言葉に終始しており、効果が無かったとした意見は僅かに3件だけであった。TMS理論を学び実行しただけで長年の腰痛から解放された例、Dr.Sarnoの著書『Healing Back Pain』(図1)を読んだだけで治った例など、称賛の声は実に多い。

ここでは簡単にTMS理論を紹介しながら、明らかにTMSと思われた症例の報告を通して、この新しい概念の持つ意義とマニピュレーションの必要性を考察したいと思う。

  (図1.Dr.Sarnoの著書)


2.Dr.Sarnoの疾患概念

TMS理論は新しい治療法ではなく新しい疾患概念である、とDr.Sarnoは強調する。医学の長足の進歩にもかかわらず、腰背部痛というありふれた痛みは未だに解明されたとは言えない。それどころか腰背部痛はアメリカの就労者の欠勤理由の第一位、受診疾患では風邪に次いで第二位を占め、増加の一途にある。この痛みが増え続ける背景には、痛みの真実を見失わせている事情がある、とDr.Sarnoは言う。それは、第一に筋骨格系の異常にその原因を求めていること、第二に感情が生理的変化の原因にはなり得ない、とする医師や医学者による二つの先入観の存在である。痛みの原因を筋骨格系に求めることが先入観によるものであるか否かは別にしても、患者は確かにそう思って来院する。最初の発症の状況次第では、カイロプラクター以上に確信しているだろう。腰背部痛の原因が筋骨格系にないとすれば、カイロプラクターにとっても由々しき問題である。

Dr.Sarnoの調査では、腰背部痛感者の40%が何らかの身体的なアクシデントが「きっかけ」になっており、60%は徐々に痛みを感じたり、朝目覚めたら痛みがあったりといった「きっかけ」とは無縁の痛みである。身体的アクシデントは交通事故、転倒、スポーツや労働時の些細な動作などなどで、衝撃の程度も一様ではない。発症までの時間的経過も数分後から数日後までまちまちで、発作性に起こるものもあるが半数以上は緩慢な進行で悪化する。痛みの強さと発症傾向に関する法則性は見出せそうもない。とすれば、何らかの身体的アクシデントも単なる発症の「きっかけ」にすぎないし、原因不明の痛みにも何らかの「きっかけ」が存在するはずだ。身体的症状は「きっかけ」によって生じるのではなく、「きっかけ」によって無意識界から引き出された不安や怒りなどの「感情」の程度で生まれる、というのがDr.Sarnoの主張である。

TMSの発症部位は姿勢筋とその周辺の神経、上下肢の腱や靭帯など広範囲に及び、そこには痛み、しびれ、麻痺、筋力低下などが伴う。発作の繰り返しや再発、体を動かすことへの恐れ、治療効果があがらない、これらもTMSの特徴のようである。

Dr.Sarnoはニューヨーク医科大学リハビリテーション医科学の教授として、また大学附属医療センターの医師として溢れるほどの腰背部痛患者を診ている。臨床におけるDr.Sarnoの苦悩は、患者の訴える痛みの部位や病理学的所見が原因となるべき病変と一致しない、ということにあった。そして、研究と苦闘の末にTMSの仮説を導き出す。心の「緊張」に起因する疾患の存在である。

Dr.Sarnoが注目した「緊張」とは、無意識あるいは潜在意識に抑圧された不安、怒り、劣等感、自己愛などの感情を指している。この感情が身体と複雑に作用する結果、筋肉や神経に生理的変化をもたらす症例を「緊張性筋炎症候群」として注目したのである。以来17年間にわたり、新しい疾患概念に基づいた新しい治療法でTMSに取り組み、画期的とも言える成果を上げ、自らの仮説を証明しようとしている。

3.TMS理論の心理学的仮説


心の作用が身体に影響すると言われて久しい。「心身一如」の概念はヒポクラテスの時代からあったが、自然科学的研究対象として医学の領域に取り上げたのは近年になってからのことである。特に、生体における免疫系の働きが脚光をあびるに従い、心と免疫作用の関係を科学する「精神神経免疫学(PNI)」が生まれ、ここ20数年前から急速に発展している。心身医学の領域で特に注目を集めているPNIとは、心(精神)、脳(神経)、身体の自然治癒系(免疫系)というそれぞれ独自の三つの領域を統合させて、一つの研究ユニットとした分野である。おそらく、Dr.SarnoはPNI等の発展による心身相関学の発展に触発されたであろうが、PNIは免疫系の応答に注目し、TMS理論は自律神経系を介して発生する心身疾患(筋肉、靭帯、神経、血管系)全般の反応を捉えているところに概念的な相違がみられる。

PNIとTMS理論に共通する出発点は「ストレス」であるが、問題を展開する考え方はまったく違っている。ストレスとは「生体に加えられるいろいろの傷害・刺激に対して、体内で起こる非特異的な生物反応」であり、身体的であれ、感情的であれ、身体の器官や組織に良くも悪くも変化を起こす。このストレスによる身体器官および組織への化学的変化、あるいは脳内で起こるメッセンジャー物質をPNIでは研究している。

一方、TMS理論ではストレスにおける不快な感情(不安、怒り、弱さ、依存心、劣等感など)を抑圧する傾向を重視している。この抑圧された感情を「緊張」と呼び、TMS患者の性格特性を特徴づける。勤勉で何ごとにも一生懸命、誠実で良心的、揉め事を好まず、完全主義的で優越志向も強く自分に厳しい、良い仕事をするということに執心する全力投球タイプで心配性、こうした性格特性の人こそ不快な感情を無意識に抑圧しやすい。それが「緊張」を生む。こうした性格特性は自覚できる。自覚できる感情は「意識」の領域であるが、個人の性格特性は「無意識」からの衝動を映すことによって形成されているから厄介な問題になる。無意識の心理学を体系づけたのはフロイトであるが、TMS理論にもその影響が窺われる。

 不安、不快、罪悪感や恥などの情動を体験するような感情は、「無意識の中に抑圧しておくことで内的安定が維持される」とフロイトは言う。これを「防衛」と呼び、心の持つ無意識的なプロセスとした。「防衛」は「抑圧」という手段を通して達成される。そして抑圧された心の葛藤は、肉体的な症状に転換される。「ヒステリーの研究」には、下肢痛と歩行困難に転換されたエリザベートの症例、主観的な匂いと全身的な感覚喪失に転換されたルーシーの症例などが報告されている。フロイトは、抑圧された感情を精神療法によって無意識から表層意識に浮き出させることで、様々な神経症状を治すという方法を発展させた。

ところがTMS理論では、身体症状の役割は抑圧された感情の表現ではなく、その不快な感情が意識に浮上してくるのを防ぐための方便とした。TMSはフロイトの言う「防衛」という手段を使ったカムフラージュであり、心ではなく身体に意識を集中させるために脳が作り出した「まやかしの茶番劇」だと言うのである。


4.TMSの生理学と治療

「抑圧」という無意識への心理状態が発端となって、自律神経系が特有の働きを見せる。この自律神経系の作用によって、軟部組織の一部に血管の収縮を起こし、組織に軽い酸素の欠乏状態を作り出す。これがTMSの生理学的な実態である。酸素欠乏は痛みだけにとどまらない。知覚異常、筋力低下、腱反射異常、運動機能障害の原因にもなり得る。その痛みの生理について、Dr.Sarnoは次のように述べている。「自律神経系がTMSに関わっているとすれば、筋肉や神経に症状を発生させるには循環系を使うのが最も効率的だ。こうした組織に血液を供給する細い血管(細動脈)がほんの少し収縮するだけでも、その組織に届く血流量が減少し、軽度の酸素欠乏が起きて痛みが生じる」。

では、このTMSを治療するにはどうすべきなのだろう。身体症状が「まやかしの茶番劇」であれば、フロイトのように精神分析による精神療法を行う必要もほとんどない。Dr.Sarnoの治療法は、第一にTMSに対する情報を与えることからはじまる。自分の身体に何が起きているのかを患者が理解することが治療のスタートになる。身体に対する処置や治療を一切やめることで、構造障害に原因を求める先入観を払拭させる。更に、痛みに「不安」な感情を起こさないようにし、元通り恐れずに身体を動かすこと。そして自律神経を調節する訓練として、自分の身体の管理者は自分自身であり、茶番劇は必要がないことを脳に対して命令する。そして常に身体ではなく心に注目して考える習慣をつける。この治療プログラムで、TMS患者の95%は約2週間から6週間で治癒に導くことができると断言している。TMS患者には、毎日15分ほどの学習トレーニングが再教育課題として提出される(図2)。

自分を管理するのは
潜在意識ではなく
自分自身である
(脳に働きかける)
抑圧された感情が
TMSを引き起こす
(無害な状態である)
原因となる感情は
抑圧された
怒りである
直接原因は
軽い酸素欠乏である
痛みは
TMSのせいである
TMSは感情から
注意をそらす
ためだけに存在する
痛みを気に病んだり
おびえたりしない
背骨も腰も正常、
恐れずに普段通りに
身体を動かす
注意を痛みから感情
の問題に移し、
常に身体ではなく
心に注目する

(図2.TMS患者が毎日行う教育プログラムの例)


TMS理論の詳細は、この4月に翻訳出版されたDr.Sarnoの著書『サーノ博士のヒーリング・バックペイン』(春秋社)に学んでほしい。一般向けに書かれた本であるが、専門家や医師に読まれることを著者は期待している。

5.TMSと思われた症例

症例1

患 者:46歳 女性 主婦

初 診:1998年6月16日

主 訴:腰背部痛、歩行困難。副訴として右顔面知覚鈍麻、頭痛、不眠症。

来院までの経過:身体がだるく頭痛を不眠が続き、6月9日に内科医院にて受診。血液検査(-)、疲労性のものと診断され投薬と安静を指示される。念のため総合病院の神経内科を紹介され、2週間後にCTの予約。医師の指示に従い安静にしていたら、次第に腰背部痛出現。痛みのために寝返りや起き上がることが困難になり、次第に歩行も困難になっていった。CT撮影の日までに腰痛を治したい、と来院する。

検査および治療:腱反射(正常)、背腰部全体に圧痛顕著、軽く背部に手を乗せただけで疼痛を訴える知覚過敏。右顔面部の知覚鈍麻。臀筋、起立筋、上部僧帽筋の圧痛がTMS診断の指標でもあり、典型的なTMSと診断する。

「何かストレスになっていることはありませんか?」と訊ねると、「今はもう大抵の事が済んだから、ほっとしているけど、身体が……」と答えた。苦難と乗り越えようと懸命になっている間は身体症状も出現しない。が、その間に蓄積され抑圧してきた不快な感情は、精神的な緊張が緩んだときに現れる。TMSの「遅れて発症するケース」である。

患者は抑圧された感情をなかなか表現しようとはしないものである。精神的なストレスの有無を尋ねても、ほとんどの人は「たいした問題はない」と答える。この患者には、性格特性を切り口にして話を始め「あなたは今まで随分一生懸命頑張ってきたんですね」と言葉をかけた。途端に患者は声をあげてワーワー泣き出し、一気に鬱積していた感情をはきだした。患者は3年前に妻と死別した男性と結婚し、会社勤めから一家の主婦になる。姑には良き嫁として、三人の子供には良き母として、ご主人には良き妻として、一人三役に奮闘してきたこと。その間の精神的な葛藤などなど、泣きじゃくりながら話しているうちに「寒い、寒い」と言い出した。保温に心がけて、更に話を聞きながら、TMSに関する説明を行う。TMSの情報を与えている間、頭蓋のリズムに触れ続けていると、寒気も落ち着いて帰宅するときには「気分が楽になったが、重石が取れたみたいに身体がふらつく」と言う。安静にすることなく、四足で這いながらでも動くことを指示した。

翌日、2回目の治療。この日は、一人でタクシーで来院してきた。腰痛軽減、背部の圧痛も軽度になり触診も可能になった。脊椎における可動性は全体的にやや亢進しており、マニピュレーションの必要性は感じられなかった。この日も途中で「少し寒い」と言う。

3日目には腰痛も更に軽減し、自分で運転しての来院。「CTの予約もキャンセルした」と、別人のように元気になり歩行もしっかりしている。5日目には、所用のために車で往復5時間の距離を運転して出かけるほどに元気になった。すべての症状が完治するまでには、延べ10日間を要している。

症例2

患 者:44歳 男性 会社員

初 診:1998年7月14日

主 訴:腰痛および右下肢外側部痛、第1~2指のしびれ。副訴として肩こり。

来院までの経過:1997年6月頃から慢性的な腰痛。98年初頭から右下肢にしびれ感を伴うようになる。整形外科でのX-ray所見(正常)、投薬および牽引治療を行うが、経過は不良。総合病院の整形外科に転医。MRI所見(L4-5椎間板ヘルニア)。1ヶ月の入院治療を行うが好転せず、来院。

検査および治療:アキレス腱反射(左右消失)、SLR(右60°+)、右長母指伸筋の筋力低下、右前脛骨筋部から第1~2指にかけて知覚鈍麻。腰部右凸逃避性側弯。Mckenzie法により1ヶ月間に10回の治療を行う(整形外科での治療も継続)。いつも治療後には右長母指伸筋の筋力が回復し、腰部右凸逃避性側弯も減少するが持続性がない。8月半ばから職場復帰、「むしろ働いていた方が具合は良い」と言う。一進一退、再発を繰り返す。

いつも臀部、腰部、上部僧帽筋部に過敏点が診られること、性格特性から判断してTMSを疑う。心配事等の有無を尋ねると、「人間は誰でも大なり小なり悩みは抱えてますからね」と答えるが、自分の問題には触れたがらない。そこでTMSについての説明を行うと、奥さんのサラ金ローンという経済問題に端を発して別居。離婚の話し合いが長い間続けられているが膠着状態にあることを話した。患者自身も気分的に楽になったと言い、離婚問題の解決に意欲をみせる。それでも症状はなかなか好転しなかった。

TMSの情報を与えてから2週間ほど経過したが変化は見られない。離婚問題も進展しない。ここでも患者の性格特性がネックになっているように思われる。「好い人」である患者の、誰も傷つけず、すべてを丸く治めようとする気遣いが逆に解決を遅らせ、早く解決しようという気持ちが圧力となっている。身体に症状が現れるかどうかは離婚問題で生まれるのではなく、その問題をきっかけにして生じた不安や怒りの感情の程度(緊張)で決まるのである。離婚問題が解決すれば好転するわけではない。この点を患者に再確認させ、TMSとその治療法を再認識させた。以後、患者の症状は急激に好転していった。

この症例では、整形外科、カイロプラクティック等の治療も併用して行なわれたが、TMS教育プログラムを行なってからはカイロ治療を中止し、検査とエクササイズ指導およびカウンセリングにとどめた。整形外科治療は同様に続いた。椎間板ヘルニアがつくる痛みには諸説ある。脱出した髄核が神経根を刺激する説、髄核成分が浸潤する化学的神経根刺激説などで、化学的な刺激による症状の消失には3週間ほどを要するといわれている。約一年半にわたる患者の椎間板ヘルニアは、TMS理論を導入してから快方に向かったが、効果的方法の特定にはならない。それでも、Dr.Sarnoの仮説を検証してみる価値はあると思い、症例の報告とした。

症例3

患 者:64歳 女性 自営業

初 診:1999年5月27日

主 訴:腰痛。副訴として肩こり。

来院までの経過:1998年12月末の腰痛(掃除がきっかけ)以来、慢性的になる。99年4月、旅行中の列車のトイレで急に起立不能になる。整形外科で受診。X-ray(骨粗鬆症、背骨の歪み)、ブロック注射、投薬と牽引を行う。次第に動作のはじめに頻繁に激痛が起こるようになり、動くのが怖くなった。激痛が起こらないように、歩行も慎重になり全てにゆっくりと動いている。寝起きから立ち上がるまで40分位かかると言う。

検査および治療:治療テーブルに臥位になることを恐れているために、座位で対応する。腱反射(正常)、胸腰移行部に歪曲と可動減少が見られる。吸気で胸腰移行部に軽い痛み。座位で呼吸を利用して肋骨下部の可動性を回復させる。臀筋、腰筋、上部僧帽筋に圧痛。問診段階で、「不安」をたくさん抱えていることが窺われ、典型的なTMSに思われた。いわゆる「動作恐怖症」である。胸腰移行部を調整しながらTMSの情報を与えた。

患者は積極的に質問し、事細かに自分自身を管理しようとする傾向が随所に見受けられた。完璧主義で目標達成欲求が強いTMSの性格特性が明らかである。痛みは一週間ほどでほとんどなくなり、家事も仕事もこなすようになった。治療の度に話が展開し、患者のいろいろの側面を知ることができた。5人兄弟の長女で、全てを仕切ってきたこと。結婚後も一家を仕切り3人の子供を育て上げたが、一人前になった子供たちも結婚し、もう自分の思い通りにならない苛立ちを「怒り」として抑圧していること。家族間の力関係が微妙に変化し、「老い」への不安や「自己愛」の反動が強い心理的葛藤になっていること、等等。ひとつひとつ自分自身の抑圧された感情に気づきはじめると、症状も変化することをこの患者からも学んだ。

6.考 察

Dr.Sarnoは、TMSを完全に治癒に導く条件の一つとして、身体に対する処置や治療をすべて中止すべきだとしている。目的は理学的な身体治療を否定することで、「構造障害」という患者の呪縛を取り去ることにあるのだが、それは原因である「感情」に目を向けさせるための一つの方法論に過ぎないだろう。と言っても、TMSと感情を結びつけて納得する患者は確かに少なく、多くは最終的に構造障害に原因を求めたがる。自らの抑圧された感情に本当に気づいたTMS患者は、決まって涙を見せたり鳴咽した。そうした患者は不思議と症状の改善も早かった。

作家の夏樹静子が『私の腰痛放浪記・椅子がこわい』の著書の中で同様の感想を述べている。3年間に及ぶ原因不明の腰痛との壮絶な闘いを著したこの本には、数々の治療の遍歴が実名で登場する。最終的には「心因性疼痛障害(心身症)」の診断が下されたが、夏樹静子は心因性の問題を受け入れることができずに葛藤している。結局、2ヶ月におよぶ入院生活で3年間の闘病に終始符を打ち、「指一本触れられずに完治に到ったという事実」が心因性の腰痛であったことを認めることになった。そして、「認めにくかった自分を認めた瞬間から、治癒がはじまった」と告白している。

身体的な治療を一切中止することは、TMS患者にとってベストの選択なのかもしれないが、それも考えようで、中止することの目的を承知していれば対応もしやすい。症例1~3は、最小限の身体治療にとどめた症例を選んで紹介した。多くのケースではカイロプラクティック治療とTMS教育プログラムを併用している。カイロプラクティックでは関節可動性の概念を重視するが、痛みは可動性の減少あるいは亢進にかかわらず、有ったり無かったりする。かと思うと、正常な可動関節にも痛みがみられることもある。関節の可動性と痛みとの間に一定の法則性はないように思うが、TMSであろうとなかろうと理学検査と症状が一致すれば、身体治療を行うべきだと私自身は思っている。

TMS治療のもう一つの特徴は、身体を通常どうり動かさせることにある。しかし、積極的なエクササイズについて、TMS理論には示されていない。通常どうり身体を動かすといっても腰痛患者は間違った動きのパターンを持つことが多く、合理的な運動ケアの指導こそ脳に動きの再プログラミングを行わせ、治癒を早める要因のように思われる。


(図3.少動脈と細動脈)
TMS理論で注目すべき概念は、「抑圧された感情=緊張」が自律神経系を介して「酸素欠乏」をもたらす、とする仮説にある。自律神経系は脳のサブシステムとして全身的な不随意機能をコントロールしている。その意味では意識から比較的独立して作用しているが、われわれの感情や行動と密接に関連しており、臓器や血管の運動、内分泌や代謝などに大きな影響を与えている。TMSの原因となる酸素欠乏は、細動脈(図3)をわずかに収縮させるだけでも可能である。


細動脈は直径20~40μmで平滑筋細胞からなる中膜を持ち、数層の平滑筋から構成される筋型の少動脈に続く毛細血管前動脈である。これらの血管は神経によって平滑筋の緊張状態が調整されており、血流量に大きな影響を与えている。血流速度も極端に遅い。調整的に働く自律神経がなぜこのような痛みを作るのかは謎であるが、Dr.Sarnoは「心の痛みより身体の痛みの方がましだと、心が決め込んでいるように思える」と言う。脳や神経作用は、まだまだ謎に満ちている。


7.むすびに

カイロプラクティックは精神的側面の影響を重要に考えている医学である。特に、AKでは「構造-精神-化学」の三つの側面からアプローチする必要性を強調している。それでも、カイロプラクティックが心理的側面の手法を公開しているのをあまり見聞したことはない。私は、これまで内的ストレスを持つ患者にリラクセーションの方法を指導してきた。しかし、抑圧された感情をそのままにしていては、いかなるリラクセーションも真の解決にならないことに気づいた。Dr.SarnoのTMS理論は心理学者が提唱した手法とは異なり、理学検査と身体を診る能力を持つ者にこそ応用できる方法である。その上、心理学の専門家でなくてもTMS患者の感情をよく理解できるようになり、専門的な心理療法の知識がなくても応用できる教育プログラムだと思われる。患者心理の教材としても学ぶ価値があるだろう。

世界保健機構(WHO)の1998年1月の執行理事会では、「健康の定義」を一部改訂する提案が成された。精神的(mental)に加えて「spiritual」を加えるというのである。厚生省も、「霊性」という訳語が定着している言葉の対応に苦慮しているらしい。いよいよ、心が科学される時代が本格的にやってくるのだろうか。


参考文献

1) 「癒す心、治る力」アンドルー・ワイル著 角川書店刊
2) 「HEARING BACK PAIN」John E.Sarno M.D
3) 「サーノ博士のヒーリング・バックペイン」春秋社刊
4) 「ヒステリーの研究」フロイト選集17、日本教文社刊
5) 「私の腰痛放浪記 椅子がこわい」夏樹静子著 文藝春秋社刊
6) 「痛みとはなにか」柳田尚著 講談社刊
7) 「クォンタム・ヒーリング」ディーバック・チョプラ著 春秋社刊
8) 「imago」1992 vol.3-13 青土社刊
9) 「解剖学アトラス」光文堂刊
10) 「からだの構造と機能」西村書店刊
11)
「人体機能生理学」南江堂刊


セサモイド, 1999, 2, p2-7.

トップへ戻る.




Copyright © 2000-2011 by TMS JAPAN. All rights reserved.