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CNNが取り上げたTMS理論


CNNが取り上げたTMS理論


NCA学園・講師 守屋 徹


【著者紹介】
 1948年山形県酒田市生まれ
 守屋カイロプラクティックオフィス院長
 日本カイロプラクティックアカデミー(NCA)理事

【共訳書】
 『ムチ打ち症の診断』(1989、エンタプライズ刊)
 『グリーブの最新徒手医学 上・下』(1996、同上)

【編書】
 『re-bone 等身大のカイロプラクティック』(1991)
 『Proceedings of the Scientific Symposium』
         (1997 WFC World Chiropractic Congress)


1.はじめに


「セサモイド」2号の拙論でTMS理論を紹介したところ、読者から予想外の反響があった。概ね好意的な関心を寄せていただいたが、どのように臨床に応用すべきか戸惑う、という意見もあった。『サーノ博士のヒーリーング・バックペイン』を監訳した長谷川淳史氏からは、「TMS理論を多くの治療家に検証してもらい、批判に耐えうるか確かめたい」とメールが届いた。そんな時に何気なく衛星放送にチャンネルを合わせると、偶然にもCNNの「ラリー・キング・ライブ」でTMSの特集をやっているではないか。CNNの名物キャスター、ラリー・キング(写真1)が話題の人物をスタジオに呼んでインタビューする内容で、CNN最高の人気を誇るライブ番組である。この日は慢性腰痛をテーマに、実際に腰痛に苦しんだ人達の話も聞きながら参考になる方法としてTMS理論を紹介していた。


ラリー・キングは話題性のあるものを取り上げるにあたっても、事前の情報収集をあまりやらないらしい。できるだけ視聴者の視点で問題を掘り下げようという意図があるのだろう。番組では4人の著名なゲストを迎え、ホスト役のラリー・キングが腰痛にせまった。 サーノ博士の方法はほんとうに有効なのか? 毒舌でなる人気放送パーソナリティ、ハワード・スタンは電話での参加となった。O・J・シンプソン裁判で被告を無罪に導いた有名な辣腕弁護士、ロバート・シャピロがロサンゼルスから、人気番組「ロージー・オドネル・ショー」のプロデューサー兼コメディライターであるジャネット・バーバラがワシントンから出演、そしてニューヨークからはニューヨーク大学医学部・臨床リハビリテーション医学の教授でTMS理論を提唱したジョン・サーノ博士とコーネル医療センターおよびレノックスヒル病院の脊椎外科医であるパトリック・オレアリー博士が加わり、生出演による三元中継となった。

サーノ博士が書いた『Healing Back Pain: The Mind-Body Connection 』はワーナー・ ブックスから1991年に出版され、今年8月15日のニューヨーク・タイムズベストセラーリストのアドバイス部門で第2位にランクされた。1998年には『The Mind-Body Prescription: Healing the Body, Healing the Pain 』を出版している。CNN放映前に、アメリカ三大ネットワークの一つであるABCの人気番組「20/20」でもTMS理論の特番を組んでおり、TMSへの関心が一挙に盛り上がった感がある。ここでは、TMS理論の臨床応用を再び検討する意味から、CNNの放映ラッシュコピーに基づいて内容を要約し紹介しようと思う。臨床に応用するヒントが得られるかもしれない。

2.脊椎外科医からみたTMS理論

最初に、番組でラリー・キングがサーノ博士(写真2)に尋ねたTMS(Tension Myocitis Syndrome=緊張性筋炎症候群)の説明から紹介しよう。

【キング】:簡単にTMSの説明をお願いできますか? 一般視聴者に分かりやすいように、専門的にならないようにしていただけるとありがたいのですが。

【サーノ】:わかりました。要点を申し上げると、生活の中で生じる緊張やストレス、物事を成功させようとする気持ちが、自分では全く気づかない無意識の領域に、内的な反応を起こすことがありますが、無意識の心はその反応を非常に怖れるのです。実際、私達は無意識の領域でとても腹を立てます。激怒することがあります。これは世界的に共通していることで、誰でも大なり小なり経験することです。その結果として、ありとあらゆる反応が身体に現れるのです。現在、アメリカではものすごい数の人がこういった痛みの問題で悩んでいます。つまり、怒りが心の無意識部分に生じた時に何が起こるのかというと、脳は身体に様々な症状を発生させることで、内面の怒りから注意をそらそうとし、怒りを無意識の領域から出さないように、本人に意識させないようにするのです。


【キング】
:怒るのを止めれば、痛みも止まるということですか?

【サーノ】:怒るのを止める必要はありません。心の中で何が起きているのかを認識させるだけでいいのです。認識の力、情報の力、自己洞察の持つ力がいかに大きいかの好例です。患者さんたちに、気づかせてやることです。私はこういった内容の講義を行い、話をして、何が起きているのかについて理解を促すのです。幸いにも、この方法であらゆる人に効果が見られます。


心身医学の重要性や必要性に対する理解が深まってきたとは言え、心身相関のメカニズムについての科学的解釈が確立されたわけではない。それでも、痛みの原因を構造的問題 から感情の緊張に求めたサーノ博士の理論と成果は、新しい病因論として検証する価値がある。腰痛を引き起こす感情として、特に「内なる怒り」に注目しているが、脊椎外科の専門医はTMS理論をどのように見ているのだろう。


【キング】:オレアリ-博士、どう思いますか?

【オレアリー】:多くの人を助けられるので素晴らしいことだと思います。さまざまな疾患に悩む多くの人がいる中で、脊椎疾患の大部分は外科手術なしで治療すべきだと思いますから。私の分野は氷山の一角で、彼のしていることが逆に氷山全体なのです。

【キング】:つまり、あなたも一部のケースでは精神的なコントロールあるいは怒りに対応することで痛みが消える、と言うのですね。サーノ博士と対立する立場でここにいらっしゃるのではないのですね?

【オレアリー】: もちろんです。シェイクスピア風に言えば、「刃をふるって決着をつけなくてはならない」、手術以外に打つ手のないケースもあるのですよ。でも、手術でも手術以外の方法でも良い結果が得られる場合もあれば、緊急の手術を要し、選択の余地なしという場合もあるのです。それに、腰痛問題でサーノ博士を訪ねてくる患者さんの多くはしっかりふるい分けられています。TMS理論を理解し、管理や医療処置について適切な指示を与えられる神経科医や足痛治療医(podiatrist)が、あらかじめふるい分けているのです。


オレアリー博士は、サーノ博士の理論を認めながらもアメリカで何百万人という腰痛患者がいる中で、TMSの治療法には当てはまらない腰痛が5~10%ある、とする。構造的な問題を指摘されながら実は心因性起因の問題があるように、心因性と決めつけて重大な病理的問題の存在を見落とすようなことがあってはならない、と指摘する。そのための「ふるい分け」の大切さを強調した。


3.ハワード・スタンの症例と「認識の力」

ハワード・スタン(写真3)は放送界の有名人である。毒舌が売り物で、日本ならばさしずめビートたけしのような存在だろうか。ベストセラーになった著書『プライベートパーツ』にサーノ博士への献辞を記したというから、大変な信頼を寄せているに違いない。番組の中でも、ラリー・キングが「君がそんなに人を誉めるのを今まで聞いたことがない」と笑っていたことからも、その崇拝ぶりが窺える。

実は、H・スタンも腰痛患者であった。サーノ博士の新刊本に寄せた推薦文に「サーノ博士に会う前の僕の人生は、腰痛と肩の痛みでやりきれなかった。」と書いている。番組でも、当時のことに触れ「それはもう不愉快な激痛で、週末になると、テレビの前でずっと仰向けに寝て過ごしていました。ある意味で神経衰弱の状態だったと自分では思っています。いつだってプライドが高く、困ったときも泣いたり叫んだりして訴えることができない私は、ひたすら問題を内向化させてきたのです」と告白した。


ラジオ番組中やコマーシャルを流している間でも横になって、どうにかして腰痛を和らげようとしたようだ。ほとんど絶え間ない腰と肩の痛みで生活が本当につらくなり、腰痛 患者の一般的なコースを辿ることになる。カイロプラクターや代替療法、多くの医師の診察も受けた。ある医師には、「肩に先天的欠陥があるので外科手術をする必要がある」と言われ、途方にくれてしまう。


【キング】:ところで、腰痛は若いうちに始まったんですか? 

【スタン】:はい。何年経っても良くならないのです。僕の友人に似たような問題を抱えている人がいました。その友人は慢性の腰痛持ちで、いつも大きなゴムの枕を持ち歩いていて、奥さんがとても心配していました。四六時中、痛みがあるわけですから…。それがですよ、最後に会ってから2~3カ月後に再び彼に出くわしたのですが、彼はすっかり痛みが無くなっていたのです。サーノ博士の本を読んだからだよ、と言うのです。「それは君には効いても、僕には絶対に効かないよ。実際、痛いのは身体なのだから。僕は重量挙げで痛めたんだ。身長が195cmもあるから、体重を持ち上げることからくる痛みなんだ」と、言いました。いいですか、僕の痛みは何らかの身体の欠陥だと確信していました。ところが、実際には僕の腰をコントロールしていたのは心だったのです。

【キング】:それは本を読んだのですか、それとも診察を受けたのですか?

【スタン】:本を読んで興味を持ったので、サーノ博士に会いに行きました。博士はただ僕を見て、「痛みはあなたの頭の中にありますよ。」と言いました。「いいえ博士、痛いのは身体の方です」と僕が言うと、博士は「ええ、もちろん痛いのは身体です」と答え、生物学的に何が起こっているかを説明してくれました。脳によって血管がわずかに収縮したために、腰部の血流が実際に断たれ痛みが起きている、と言うのです。博士の説明を聞いた後に、2つのセミナーに出ました。1回1時間の講義でしたが、みんな腰痛でもがいている人でいっぱいの部屋でした。腰痛ですから、じっと座っているのがつらそうでした。ところが、講義が終わると、どの人の腰痛も良くなったのです。即座に治った人もいましたし、1~2週間後に消えた人もいました。私の痛みもまるで奇跡のように消えてしまいました。この先ずっと痛みのない暮らしができることになったのです。

【キング】:痛みが消えてどれくらいになりますか?

【スタン】:5~6年です。これは奇跡です。誰にでも起こすことのできる奇跡です。


情報を与え、認識させるだけで即座に痛みが消えるなんて、にわかには信じられない話かもしれないが、私も数例の経験を持っている。カイロプラクティックの治療でも、即効性を発揮することがよくある。それでも、慢性腰痛に対する効果となると容易な問題ではない。再発を繰り返すからである。


4.ロバート・シャピロの症例と「条件づけ」

世界的に有名な被告弁護人・ロバート・シャピロ(写真4)も腰痛に悩まされてきた。首にスポーツによる障害、腰には遺伝的な要因と思われる二ヶ所の椎間板の変性を持っている。ロサンゼルスのテッド・ゴールドスタイン博士の治療を受けており、消炎剤により痛みを和らげた後でライフスタイルを変える、という従来の治療を行ってきた。寝起きするときの姿勢や車の乗り降りの仕方に気をつけ、電話はヘッドフォン型にし、ゴールドスタイン博士のリハビリプログラムに従って運動している。手技療法もストレッチもかなり行っているが、心理的アプローチは行っていない。

R・シャピロもストレスが痛みの原因になることを認めており、腰痛のきっかけもストレスであることを自覚している、と言う。椎間板変性は経年的な退行変性であり、誰にでも起こり得る正常な異常とでも言うべきものである。それでも、痛みが確認されれば、当然のことのようにX線撮影やMRIで見つかった異常が原因だとされる。心因性に起因する症例も、決まって構造的な問題にすりかえられるのだ。腰痛管理のための努力を怠らないR・シャピロに対して、H・スタンはとにかくサーノ博士の著書を読むように強く勧めている。腰痛のためにライフスタイルを変えるのは、生活を制限するだけの無駄な努力だ、と力説する。

一方、R・シャピロは自分の腰痛に効果があるのは、注意を怠らず暮らすという従来の治療法に従うことだ、と信じて疑わない。別段、難しいことをするわけではなく、腰痛の引き金になる動作、例えば前屈みで手を延ばしてブリーフケースを持ち上げるような「愚かなこと」をしないだけ、と言う。しかし、TMS理論に従えば「腰痛の原因になる」という情報が、TMSの「条件づけ」(プログラミング)として作用することになる。言いかえれば、前屈姿勢でブリーフケースを持ち上げることが腰に悪いのではなく、その動作そのものが痛みと結びつけられているために腰痛が生じるのだ。    

この議論は、臨床家にとって興味深い。確かに、カイロプラクターも条件づけの教育をよく行う。腰を反らせるな、前かがみになるな、やわらかい椅子に座るな、やわらかいベ ッドには寝るな、ハイヒールを履くな、などなど。禁止事項や警告で患者の行動を束縛している。確かに、条件づけは腰痛の防止に一役かっているに違いない。が、一方では患者 の活動を制限し、条件づけによる恐怖心を与えている。これは、身体の動的機能的回復をめざすカイロプラクティックの理念にもとりはしないだろうか?

R・シャピロは大変な運動量をこなしている。ボクシングジムに週四回通い、今では運動に関しては全く制限はない、と言う。これだけハードな運動をする人が、スーツケースを持ち上げるときに、正しいやり方でないと持ち上げられないのだ。「そこがおかしい」と H・スタンは指摘する。  

「条件づけ」は、あくまでも一般論である、とサーノ博士は言う。TMS理論に学んでから、私も慢性腰痛患者に対しては条件づけの解除を行うように心がけている。尤も、条件づけに応答する患者はTMS性格特性である誠実で徹底するタイプに限られており、ほとんどは喉元過ぎれば熱さを忘れている。それでも、急性症状の約一週間に限っては積極的に「条件づけ」を利用している。ただし、一方向の運動制限に限定し、逆に他方向へは積極的に動くように指示している。これは求心性に働く侵害刺激を減少させるために一方向の動きを制限し、その他の方向に動くことで求心性の圧・動き刺激入力を増大させることを狙っている。

腰痛は変則的で持続的な静的負荷姿勢に要因を持つことが多く、そのためにも問題となる姿位癖を身体イメージから解除する必要が生じるだろう。一定期間の条件づけは、脳へ の再プログラミングに有効に働くはずである。生体力学的および運動力学視点で考えれば、動きの指導が必要な腰痛患者は確かにいるのであり、カイロプラクターこそ的確な判断で 対応できる能力を持っていると思われる。



5.ジャネット・バーバラの症例と「疼痛転移」

ジャネット・バーバラは1995年8月に両足首の後脛骨腱炎と診断された。最初は足首の痛みからはじまり、2年間もの間、足関節に毎朝テーピングし、アイスパックをして働いていた。97年にロサンゼルスで番組をやることになり、雪が降った時でもあり、用心のために初めて車椅子を使う。それが98年の夏には、車椅子がないとどこにも行けないまでになった。以前は腰痛に悩まされていたが、足首の痛みが出てから腰痛は消えている。

J・バーバラは、「ロ-ジー・オドネル・ショー」の女性プロデューサーである。その裏方の彼女が、ある日のこと番組に登場した。車椅子に乗っての登場である。主役のロージー・オドネルが彼女を紹介し、TVの視聴者に向けて次ぎのように話しかけた。

「ジャネット・バーバラが歩けるようになり、車椅子を使わないで済むように、腱炎の 治療法をご存知の方、番組にお電話を下さい。ジャネットを治してやりましょう。」  

こうして、J・バーバラはサーノ博士を紹介され、診察を受けることになる。


【キング】:腰痛にもなったのですね。

【バーバラ】:実はずっと前の1985年に腰痛になりました。足首を痛めたのと腰痛が治ったのは同時期なのです。でも、それがTMSに関係があるとはサーノ博士に出会うまで思ってもいませんでした。単に、腰痛が治ったと思っていました。

【キング】:サーノ博士は何をしてくれました?

【バーバラ】:私はその頃、全く歩けなくて、毎日、泣き暮らしていました。ロージーが私を番組に引っ張り出した2週間ほど前ですが、ある医師に「回復については悲観的だ」と言われたのです。「これからは、どういう治療になるの?」って聞くと、「あらゆる治療を試したようだね。もう残っている治療法はないようだ」と答えて、会計に行く通路を教えるのですよ。真っ暗な気持ちになりました。それでサーノ博士のもとに伺うと、まず問診で私の症状がTMSであるかを診断した上で、ストレスが原因で起こっていることを説明してくれました。H・スタンさんと同じ方法です。

【キング】:それで痛みは消えた?

【バーバラ】:消えました。ただ、私の場合まだ時々痛むこともあります。ひどくストレスが溜まるとそうなるのです。

【キング】:去年はコソボに行ったのですか? 車椅子で?

【バーバラ】:コソボに行ったのは、3週間ほど前です。「AmeriCares」と言う援助団体のボランティア活動に同行しました。

【キング】:2年前には予想もしなかった?

【バーバラ】:そうです。全く歩けませんでしたからね。でも、今年の夏はコソボの山で食事を配給していました。「AmeriCares」の配給車の横を駆け上ることさえできたのです。1年前は歩くことさえできなかったのに。今年はこんな意義のある仕事ができるなんて、自分にとっても驚きでした。サーノ博士がいなかったら、とてもこうはいきませんでした。  


J・バーバラの痛みは、腰から足首へと移動した。「疼痛転移」はTMSによくみられる徴候である。なぜ痛みは移動するのだろう。H・スタンはランニングが好きで、一日3キロほど走るらしい。ある日、膝が痛み出した。それでも、「痛む膝を見て笑ってやり、そのまま表に出て8キロ走ってやったら痛みはすぐ消えた」。何かが身体に起こったと思えば思うほど、好都合にその部位に痛みを起こすことになる。そして、痛みを大事にすればするほど、痛みの泥沼から抜け出せなくなる。  

J・バーバラも痛みを大事にしてきた。ふと、サ-ノ博士の言う「痛みが移動する意味」 を思い出した。痛みは心の苦しみから「気をそらす」目的を担っており、痛みに合わせて 生活を変えれば変えるほど痛みは強くなるのである。身体のどこを痛めたのかと思い巡らすほどに、頭の中は痛みのことで一杯になって、感情に目を向けるのを止めてしまう。感 情から気をそらそうとする。身体症状は心の無意識部分に生じた感情に対する強い反応なのである。サーノ博士は、「常に、脳が以前と同じように身体に痛みを感じさせる指令を出 しているのだと考えなさい」と言う。


6.骨がずれる?

R・シャピロは、腰痛の管理にカイロプラクティックなどの手技治療を受けている。シャピロの体験的な感覚では、腰痛の原因となる「骨がずれる」という感覚が頭から離れない。突然、ギクッとなって痛みで動けなくなることもあるではないか。これは、明らかな損傷で骨がずれたのに違いない。シャピロならずとも、そう思うことだろう。R・シャピロは、この素朴な疑問をなげかけた。


【キング】:いい質問です。「骨がずれる」という言い回しをよく聞きますが、サーノ博士、どうですか?

【サーノ】:そうですね。これはもちろん非常にありふれた言い回しで、頻繁に耳にもします。結論から言えば、別にどこの骨がずれたというわけではありません。実際、脊椎が正しい位置からはずれるなど、全くありえないことです。そういう場合は、TMSのような症状が急激に発生し、激しく筋肉が痙攣しているのです。激痛の場合もあります。ですから、答えはノーです。腰の骨はずらせるようなものではないと、私は思っています。オレアリー博士も同意されると思いますよ。

【オリアリー】:普通はその通りです。こういう症状は理学療法やリハビリでうまく処置でき、普通は手術にまで至りません。

【シャピロ】:でも、そういう風になったときは、損傷しているのですよね? 心身相関では説明できない、実際に身体に起こる損傷のようなものが何かありますか? その、背骨がずれるというような素人的な言い回しではなく、転位(dislocation)でしたか。

【キング】:サーノ博士、腰が損傷するということはありえますよね? バタッと倒れることもあるでしょうし、フットボールの試合でタックルされて、腰を痛めるということもあるでしょう。

【サーノ】:もちろん、ありえます。ケガをするのは珍しいことではありません。特に、スポーツにはつきものです。しかし、私の患者は治療プログラムを進めるうちに、別の考え方をするようになります。そうなったら、私に電話で話をするようにいってあります。ともかく、私は診察結果によっては、整形外科に診てもらう必要があると判断すれば整形外科に送ります。TMSが別の形で現れたものだと判断すれば、患者にそう言います。


この応答から、アメリカにおけるカイロプラクティックの理解や評価を垣間見ることができる。一般的には、カイロプラクティックが「背骨のずれ」を治すスペシャリストとし て受け止められているようだ。しかし、医学の専門分野では椎骨の転位はありえない、とする。サーノ博士はぎっくり腰の現象にもTMS類似の徴候があると診ているようだ。では、カイロプラクターの行うアジャストメントとは、何を目的にした手技なのだろうか? R・シャピロはさらに続けて尋ねる。


【シャピロ】:脊椎のマニピュレーション、カイロプラクターがするようなアジャストメントですが、脊椎の一部をボキッとさせて配列をはずしたり、それを元に戻したりすることは可能ですか?

【キング】:カイロプラクターはできると言いますが、どうでしょうか? サーノ博士。

【サーノ】:私の経験では、脊椎の転位自体まずあり得ないと思います。脊椎はひとつにしっかりまとまった組織で、頑丈に機能しています。ですから、個人的にはちょっと信じられません。ただ、カイロプラクターのマニピュレーションは確かに効果があると思います。何か理由があるのでしょうが、私にはわかりません。

【シャピロ】:でも、マニピューレーションでは、腰をボキッとやって、実際に音が聞こえますが、何が起こっているのでしょう?

【サーノ】:あれは椎骨が他の椎骨上で動く時に起きる関節の音だと思います。

【シャピロ】:そういう音が聞こえるときは、何かが元の位置へ戻っているのですか?

【サーノ】:いいえ、最初から何もはずれていないはずです。

【キング】:オレアリー博士、脊椎に対するカイロプラクティックの取り組み方についてどうお考えですか?

【オレアリー】: そうですね、外科手術が必要なカテゴリーに入らない患者にとって、カイロプラクティックはずいぶん効果を上げているのではないでしょうか。効果があるということが分かれば、メカニズムは完全に理解できなくてもいいと思うのです。効果があるなら、それはそれでいいのではないでしょうか。カイロプラクターの方々も、骨折やら、腫瘍やら、その他にも手技療法では処理できないものがあるのはご承知のことと思います。しかし、ぎっくり腰のような症状は、往々にしてカイロプラクティックで首尾良く処置してもらえます。


椎骨はずれるのか? 「椎骨サブラクセーション」というカイロプラクティックの理論が、医学のみならず一般科学の領域でも認められ難い理由を象徴するような話題になった。 効果があればメカニズムはどうでもいい、とは言えない。それでも、今だに、アメリカの インテリジェンスの間でさえ、「骨がずれる」という認識があるという事実には驚かされる。 が、これも長年にわたるカイロプラクティック界の啓蒙活動の成果なのかもしれない。

1989年に出版されたR.C.Schafer,D.C.、L.J.Faye,D.C.の『Mortion Palupation and Chiropractic Technic』では、単一の椎骨は転位も移動も不全脱臼もしない、と主張している。カイロプラクティックの原理は、椎骨の位置的移動の問題にあるのではなく、椎骨間の可動ユニットにおける可動性に求めなくてはならないとした。単一椎骨の転位という静的リスティングの概念を変えることに挑戦した彼らの努力が、報われていないとしたら残念なことである。

それはともかくとして、カイロプラクティックの効果は認められるところのようだ。興味深いことは、「ぎっくり腰」のような急性の腰痛にもTMSが多い、とするサーノ博士の言葉である。確かに「魔女の一撃」と称されるように定説はなく、TMSの可能性を否定することはできないだろう。たとえTMSであったにしても、こうした腰痛にカイロプラクティックは効果をあげてきたのである。TMS理論を導入することでH・スタンやJ・バーバラの症例に見られるような結果を導くことができれば、もっと広い視野から痛みの問題を考えることが出来るに違いない。


7.むすび

「ラリー・キング・ライブ」は一時間にわたってTMSを取り上げた。ここに紹介したのはその要約である。アメリカのマスメディア、しかもCNNというニュース番組がこれを扱った背景には、腰痛という国民病を見直す機運の盛り上がりがあったからではないかと思われる。これまで、腰痛は筋骨格系に起因する代表的な疾患とされてきた。ところが、政府レベルの調査や専門家会議の報告などにより、近年急速に筋骨格疾患の病因論が見直されている。そこに、サーノ博士のTMS理論が登場し、「感情がつくりだす痛み」、脳に対する「認識療法」に実績と評価が高まるという社会現象が起こった。これは医学界の認知を得て広がったものではないが、追跡調査でも80%前後の高い治癒率を示し続け、多くの慢性腰痛患者に支持されて盛り上がっただけに真実味がある。アメリカではサーノ博士に学んだ医師たちが、いくつかの医療施設でTMS理論に基づいて治療にあたっているようだ。

インターネットにホームページを開いている医師もいる。それでもTMSを支持する医師は少数派である。同様に、代替医療を担うボディワーカーが取り入れているということも聞こえてこない。それは、なぜだろうか?

サーノ博士が行っている方法は、一時間単位の講義やグループミーティングなどによるものである。その上、身体的治療を一切中止しなければならない。これをそのまま臨床に 応用しようと考えても、そもそも無理がある。時間がかかりすぎることや、料金に換算しにくいからである。治療を止めることなどさらさら出来ない。TMS治療の目的は、身体に何が起こっているか、情報を与えることにある。心理分析といった専門的なカウンセリング能力を必要とするわけでもない。「認識の力」を利用するのである。従って、あらためて時間を設けなくても治療時間を利用できるし、治療システムを変えることなく併用することが可能である。

カイロプラクティックは背骨や末梢の受容器を通して、本来の身体イメージを求心性に脳に伝える作業である。一方TMS理論は、脳がその情報を認識することで遠心性に身体に働きかける。私は、筋・筋膜トリガーポイント治療に併用することもあるが、治療と併用して活用すれば新しい手法の治療展開も期待できそうだ。  

まず手始めに、慢性腰痛、たびたび再発する症状、理屈に合わない症状や発症の状況、そんな患者がいたら、TMS理論の視点から診なおすことをお勧めしたい。そのためにも、 是非『サーノ博士のヒーリング・バックペイン』の翻訳書に学んでほしいと思う。


参考文献

1) Larry King Live "How Can Chronic Back Pain Be Cured?" 8.12.1999,Rush Transcript.
2) 「サーノ博士のヒーリングバックペイン」春秋社刊
3) 「成人の急性腰痛治療ガイドライン」川島書店
4) 「The Mind-Body Prescription: Healing the Body, Healing the Pain 」John E. Sarn,M.D.
5) 「Mortion Palupation and Chiropractic Technic」R.C.Schafer,D.C.、L.J.Faye,D.C.

セサモイド, 1999, 3, p8-14.

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