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劇的な腰痛治療法になりうるのか!? TMS理論(緊張性筋炎症候群)

[座談会形式アラウンド]


劇的な腰痛治療法になりうるのか!?
TMS理論(緊張性筋炎症候群)


大川泰・守屋徹・長谷川淳史による紙上座談会


コメンテーター

大川 泰(大川カイロプラクティックグループ代表・DC)
守屋 徹(守屋カイロプラクティックオフィス院長)

長谷川 淳史(TMSジャパン代表)


ニューヨーク大学医学部教授ジョン・サーノが提唱するTMS(緊張性筋炎症候群)理論は、自己認識の力、情報の力、自己洞察の持つ力を重視した治療プログラムである。米国ではすでに数十万の人たちがこのプログラムの実践により慢性腰痛や坐骨神経痛などの治癒に成功している。そこで本誌ではこれまでコラム、論文で取り上げてきた本理論の原理や適応性と有効性および課題などについて、わが国の識者である3人の臨床家にあらためてお聞きし、各々の率直な所感と意見をいただいた。


指一本触れず、腰痛を完治する

●もう一生、私は腰痛に患わされることはない!
●慢性腰痛と闘う日々から私を救い出してくれました。
●この本のおかげで私の生活は大きく変わり、積極的な人生が送れるようになりました。
●腰痛に悩む者のバイブル、この上なく貴重な本。
●もし"今世紀の1冊"を選ぶとしたら、もちろんこの本です。

―――これらの言葉は、1991年にアメリカで発行されたDr.ジョン・サーノ(John Sarno M.D.)の著書『HEALING BACK PAIN』を読んで劇的に腰痛が治ったという読者から寄せられた、その書のもつ効果のほどを語ったものですが、これを読んでどのように感じますか。   

【長谷川】正直いってとても驚きました。本来TMS治療プログラムは、講義討論会とグループ・ミーティングで成り立っていると考えていましたから、本を読んだだけで腰痛が改善するとは思いもよりませんでした。

ところがいろいろ調べてみると、Dr.サーノの著書が効果的な読書療法として機能しているのは間違いないようです。しかも、本を読むだけで腰痛から解放された患者が、すでに数十万人にも上るというのです。

これはある意味で、腰痛治療における革命が起きつつあると考えてもいいのではないでしょうか。何といっても、身体に指1本触れずに数年来の腰痛を消しているわけですから。とんでもないことが起きたものだ、というのが率直な感想です。

【守屋】じつは私は10年間も腰痛に苦しんできました。最悪の時期には自宅のベッドで3週間動けない状態になりまして、それこそ寝たきりで過ごしました。食事の時にも、1分と座っていられないのです。おにぎりを作ってもらい、寝ながら食べました。朝も昼も夜も、眠ってはまた痛みで目覚めることの連続で、私には地獄の日々でした。結局、仕事に復帰したのは1か月を過ぎてからでしたが、それからというもの、またギクッとくるのではないかと、動くのをとても慎重にしていました。治療ベッドもすべてエレベーションに変えました。動きは慎重に、腰にはコルセット、腰痛患者には特にやさしく、これが私の腰痛経験がもたらした三大変化でした。

カイロプラクティック治療も受けました。治療後はとても爽快になり、カイロはいいなあと実感したものですが、それもせいぜい1週間ぐらいでまた元の状態に戻りました。自分の腰を自分で治せなくては患者の治療などできるものではないと思うようになり、そのころからいろいろな治療法に目を向けるようになったのです。

―――TMS理論との接点はいつごろあったんですか。

【守屋】私が初めてTMS理論のことを知ったのは、A.ワイルの著書『ナチュラルメディスン』(1988年刊)でした。巻末に症状別に対応した家庭療法が書かれており、慢性腰痛と急性腰痛に分けて解説していました。慢性腰痛についてはTMS理論を紹介してあり、Dr.サーノの第1作『Mind Over Back Pain』(1984年刊)を読むように勧めていましたが、私の意識はむしろ急性腰痛に向いていました。A.ワイルは急性腰痛の一番頼りになるの治療家は「時間」だ、と言うのです。私にはとても衝撃的な言葉でした。私はカイロプラクターとして何の役に立ってきたんだろう、って。

それで1995年に、やはりワイルの『癒す心、治る力』を読んで、TMS理論に引きつけられました。それで、自分の腰痛に試そうと思い、サーノの『HEALING BACK PAIN』を取り寄せました。辞書を引き引き読みはじめたのですが、まるで自分のことが書かれているように感じたものです。読み終わるまでにはずいぶん時間がかかりましたが、常に鉛が張りついていたように感じていた腰の違和感がいつのまにか消えていました。コルセットもいらなくなりました。あれからもう3年以上になりますが、ほぼ10年間苦しんできた腰痛から解放されたわけです。ですから、読者が寄せてきているコメントは、実感としてよくわかります。

―――大川先生はいかがですか。

【大川】これらのコメントを寄せられた方々には心から「おめでとう」と言って差し上 げたいし、彼ら彼女らのことを私は非常に羨ましく思っています。

―――と言いますと・・・。

【大川】つまり、私の腰痛はサーノの言うような方法では治らなかったということです。

―――治らなかった原因は何か思い当たりますか。

【大川】治る理由の方が思い当たりません。私の腰痛は器質的なものだと考えています。

―――長谷川先生は昨年、いま守屋先生からも話が出ました『HEALING BACK PAIN(邦題:サーノ博士のヒーリング・バックペイン)』を監訳して出版されましたが、1991年刊の本がなぜアメリカで昨年ベストセラーになるヒットになったと思いますか。また日本での翻訳本の反応はいかがだったでしょうか。   

【長谷川】やはりABCの『20/20』とCNNの『ラリー・キングライブ』が、TMS理論をテーマにした特別番組を放映したからだと思います。この二つの番組内容をインターネットから拾って読んでみましたが、日本では考えられないような構成でとても興味深い内容でした。

おもしろいのは、この番組を見て長年の腰痛が消えた視聴者がいるということです。こうなってくると眉に唾してかかりたくなるでしょうし、常識的にはとても信じられないでしょう。でも、医療関係者には、事実は事実として受け止める勇気と柔軟性を持っていただきたいと思います。

サーノ博士のヒーリング・バックペイン』(春秋社刊)の反応は、とてもいいという感触があります。というのも、やはりこの本を読んで、長年の慢性疼痛から解放されたという読者からのお便りが多数届いているからです。最近では、私のホームページを見ただけで、痛みが改善しはじめたというEメールがよく届くようになりました。

また、医療関係者からの反響も一種独特なものがあります。手放しで賛同していただける医師もいれば、臨床に導入してみると本当に治癒期間が短縮してしまい、患者が減って困っているという手技療法家もいます。しかしこの現象には複雑な思いがします。

―――大川先生はいち早く本誌コラムでDr.サーノのTMS理論を取り上げていますが、マニピュレーションの臨床家として、当時(3年前)はTMS理論をどのように受けとめていたか、いま一度お話しくださいますか。そして現在はどうですか。

【大川】不思議な治療法だなあ、そんなことを大まじめで追求している先生もおられるの だなあ、というぐらいの、はっきりいって軽い気持ちで紹介しました。もともとA・ワイルの邦訳本にTMSについて軽く触れた個所があって、それで少し興味をもち、原本を読んでみたわけです。実際に治療に応用したことは、その段階でほとんどありませんでした。  

以後、いかなる「正当な」というか、ちゃんとした「手技療法的な」アプローチに、いかんともしがたく反応しない患者に限って、TMS的な方法を試みたことはあります。心理療法の一種と割り切れば、治療効果は皆無ではないと思います。

―――守屋先生はすでに腰痛治療にTMS理論を用いていますが、心理学に明るくなくても応用できるものですか。患者の反応はどうですか。

【守屋】大学で心理学を学ぶ機会はあったのですが、だいたい私は心理学なんて文学、それも一部の人にしか通じない文学だと思っていましたので、興味の対象にはなりませんでした。TMSに出会ってからは心理学に興味を持つようになり、にわか仕込みで学んだことを患者に応用してみました。患者が抑圧している問題の核心にできるだけ早く気づかせようとしたわけです。暴露的な手法ですが、核心に触れると、患者は泣き出したり嗚咽したり、中にはパニックのようになってベッドから起き上がれなくなる人もありました。

結構それはそれで興味深かったのですが、次第に"悩みごと相談"になってしまい、TMS治療の本質ではないことに気づいて、個人の心理的な問題に深入りすることはやめました。もともとTMS患者は心を病んでいる患者ではなく正常な人なんだ、ということを再確認することからはじめたわけです。

―――臨床心理学的なものは特に必要ではないだろうと。

【守屋】たしかに心理療法が必要だと思われる患者もいますが、それは専門医に紹介するようにしています。Dr.サーノも心理療法の対象になるのは5%と言っていますから、多くは心理学や心理療法を用いる必要はないと思います。もちろん、知識としては無いより有った方がいいでしょうが、私は基本的にカイロプラクターが精神科の領域に踏み込むことについては反対です。半端な知識や未熟な手法では対応しきれるものではないからです。

つまり、TMSは感情の緊張によって生じる生理学的な反応ですから、心理学と言っても、サーノが説く性格特性などを理解することだと思います。

―――TMS理論をもちかけられた患者の反応はいかがですか。また、追跡ではどんな結果になっていますか。

【守屋】ほとんどの患者はカイロプラクティック治療を受けに来てTMSの説明をされると、唖然として返す言葉を失うようなところがあります。ところが説明を続けていくと、患者の表情に変化が出てきます。こうした患者の変化を見逃さないようにしながら説明も変えています。患者が納得していく時の変化は特に顕著で、だんだん表情が明るくなるんです。そういう人はよく治療に反応します。

他方、TMSの話を受け入れようとしない人は表情に拒否反応がみてとれますが、そういう人にあえてTMSを受け入れることを強要したりはしません。カイロプラクティック治療をしながら時期を待つことにしています。追跡調査を行なったことはありませんが、結果がよいのは実感できますね。

TMSと疼痛機序の因果関係は? 

―――TMSに陥ることで痛みが派生するという機序を簡単に説明していただけますか。長谷川先生。

【長谷川】治療プログラムそのものは単純なのですが、それを伝えるとなると4時間の講義をしなければなりません。ですが、できるだけ簡単に説明してみましょう。

TMSとは緊張性筋炎症候群のことです。「筋炎」といっても筋肉に炎症があるという意味ではなく、筋肉内に何らかの変化があるという意味でしかありません。Dr.サーノは、TMSの定義を「痛みを伴う筋肉の生理的変化」としています。そしてTMSの直接的原因は、血管収縮による虚血状態だと考えています。つまり、自律神経系を介して血管が収縮し、患部の血液循環が悪くなって軽い酸素欠乏が起きているというのです。この血管収縮が生じることで、患部では次の三つが起きていると考えます(図参照)。

(図 TMSの病態生理)


第1に、化学的老廃物の蓄積です。この老廃物は主に乳酸という疲労物質ですが、通常は血液循環によって洗い流されるため、蓄積されるということはありません。ところが血管収縮にともなって血流量が減少すると、筋肉内に発痛物質でもある乳酸が蓄積し、筋肉痛を引き起こしてしまうのです。

第2に、筋肉痙攣です。血流量の減少によって酸素欠乏がより深刻になると、筋肉が痙攣しはじめます。この痙攣は、ふくらはぎの筋肉痙攣と同じものですが、自律神経を介して血管が収縮しているために、短時間で治まるということはありません。たいていは治まるまでに数日かかりますが、ここでおかしな「呪い」をかけられると、症状は数週間から数か月にも及ぶことがあります。

第3に、神経障害です。神経は筋肉よりデリケートにできていて、ほんのわずかな酸素欠乏でも症状を出して危険を知らせます。神経を養っている血流量の減少は、上腕神経叢や坐骨神経のような末梢神経の酸素欠乏を引き起こします。一般的な酸素濃度の低下による症状は痛みですが、さらに酸素濃度が低下した場合、さまざまな程度の知覚異常や筋力低下をきたすことがあります。

―――自律神経系が血管を収縮させるというのですね。

【長谷川】Dr.サーノは、TMSすなわち緊張性筋炎症候群の「緊張」の意味について、次のように述べています。   

『この疾患名の「緊張」は、無意識下で生み出され、ほとんど無意識の外に出ることのない感情を指す。その多くは、不快、苦痛、きまり悪さを伴う感情で、本人にも社会にも受け入れられず抑圧される。抑圧が起きるのは、これらの感情を味わいたくない、これらの感情を抱いていることを周りに知られたくないと心が思うからだ。自覚できるのであれば真正面から向き合おうとするのだろうが、いかんせん、人間の心は無意識下の感情を自覚するようにはできていない。またたくまに、それも自動的に、これらの感情を抑圧してしまう』

要するにサーノは、ある感情が「抑圧」されることによって自律神経系に異常が生じ、TMSが発症すると考えているのです。「抑圧」とは、心の安定を保ち、精神的破局を避けるための、意識的・無意識的な心の働きである「防衛機制」のひとつです。いわば心の安全装置といえるものです。ある感情がしっかり抑圧されていれば問題は起こらないのですが、その感情の量が限界を越えた場合、抑圧だけでは心の安定を保てなくなります。そこで、新たな防衛機制が必要になります。それがTMSというわけです。

それほどまでに忌み嫌わなければならない感情とは、いったい何なのか? それは、怒り・激怒・憤怒・憤激です。TMSの原因となっているある感情とは、実は「怒り」なのです。これがTMSの根本原因です。私たちの心には防衛機制という安全装置があるために、ひょんなことから生まれた怒りに気づくことがありません。その感情の存在に気づかないがゆえにTMSが発症する、というのがメカニズムであると言えます。

誤った情報や認識からの「呪い」を解く

―――それではTMS理論を行使する上で、これだけは外してはならない、絶対不可欠ということはありますか。

【守屋】人間の意識はその向いた方向のことしか受け入れません。ですから、治療者はあ らかじめTMSに意識を向けておくことのないように、つまり先入観をもつことなく聞き取りや検査を確実に行うことです。症状と検査所見の不一致が確認できた時に、推論のひとつにTMSを考えることだと思います。疑わしきは専門医の診断を仰ぐこと、これを躊躇してはいけません。

【大川】Dr.サーノが言っているとおり、スクリーニングが決定的要因であると思います。すなわち、TMS理論が効く患者であることを予め見極めた上で使わなくてはいけないということ。さもないと、何らかの器質的な問題を抱えている患者の状態を悪化させる可能性が大いにあります。

明らかに器質的な問題を抱えていると思われる患者で、サーノの本を読み、そうか、むしろ何も気にしないで日常生活をしてしまうことが回復への早道なんだ、などと独り合点して、とりあえず安静にしているべき急性腰痛の段階で、いつものようにお子さんを抱っこして散歩に出かけたという人がいました。翌朝は動けなくなっていましたよ、彼は。

【長谷川】TMS治療プログラムそのものは、きわめて単純なものです。誤まった情報(病因論など)やアドバイスという「呪い」を解くこと、そして痛みの原因となった防衛機制を解除することです。この2つの有効成分のうち、絶対に欠かせないものといえば、間違いなく「呪い」を解くことでしょう。

われわれ医療関係者を含め、患者は実に多くの誤まった情報を信じています。腰痛の原因は老化現象にある、椎間板の異常にある、過激な運動もしくは運動不足にある、重い物を持つからだ、怪我の後遺症だ、ハイヒールを履くからだ等々、科学的には何の根拠もなく、立証もされていない原因論を頑なに信じ込んでいます。

私はこうした誤まった情報を「呪い」と呼んでいるのですが、これらは立派な「ノーシーボ」として作用していて、条件づけの条件刺激ともなっています。この「呪い」が存在する限り腰痛が減ることはないでしょうし、再発を繰り返すばかりでなく、治癒期間まで延長させていると考えています。

TMS治療プログラムは、まずこの「呪い」を解くことから始まります。これができなければ心理的な問題に目を向けることは不可能ですから、次のステップに進むことができません。この作業は、最も重要でありながら最もむずかしいものですが、もし「呪い」を解くことに成功すれば、TMSは半分以上解決したも同然です。

マニピュレーションはプラシーボか

―――Dr.サーノは、マニピュレーション治療で得られるのはプラシーボであり、それは腰痛治療において価値のあるものではないと断定していますが、いかが思われますか。

【大川】問題は、彼がマニピュレーションをどう定義づけてそれを言っているかでしょう。急性も慢性も、痛みの出る方向も出ない方向も、筋肉の硬直も、そういったものに概ね無関心な従来型のカイロプラクティック操作のことを彼が指しているのであれば、私も彼の意見に賛成です。が、トリガーポイントセラピーなどの筋肉へのアプローチなどをも彼が「マニピュレーション」に含め、その上でそのように主張するのであれば、これは言い過ぎであると考えます。さらに、状況に応じた体操療法や認知療法の有用性までも彼が否定するとすれば、その考え方はむしろ有害とまでいえると思います。近藤誠氏の『患者よガンと闘うな』や春山茂雄氏の『脳内革命』の世界に入ってしまうことになります。

―――守屋先生はどう思われますか。

【守屋】マニピュレーションが対象とする機能不全あるいはサブラクセーションの実態が不鮮明である以上、Dr.サーノがプラシーボと結論づけるのは当然かもしれません。正直に言えば、臨床の現場でもプラシーボと感じることは多々あります。カイロプラクティックのキーワードであるサブラクセーションの定義からもその実態がつかめませんし、そこから派生する治療の作用も実に曖昧です。これでは自分のカイロプラクティック治療を支える信念までぐらつきそうでした。

そんな時にヒントを示してくれたのが大川先生でした。本誌の連載コラムだった『米国のカイロ最前線』の中で、大川先生は「ディスアファレンテーション(dysafferentation:求心性神経入力不全)理論」という概念を紹介してくれました。サブラクセーションを「侵害刺激入力の増大と、圧・動き刺激入力の減少」とした解釈によって、多くの疑問が整理できたように思います。

もうカイロプラクターもサブラクセーションの用語を使わないで「ディスアファレンテーション」にしたらどうでしょうか。TMSであっても身体症状が存在する以上、求心性に作用する入力を改善してやることでTMS治療に相互作用の効果をもたらすように思います。サーノが言う「いつもどおりに身体を動かす」ことも、圧・動き刺激入力を増大させることでしょう。ですから私は、マニピュレーションの存在価値は十分にあると思います。それにしても、大川先生のコラムが終わるのは、一ファンとして残念ですね。

【大川】ご愛読ありがとうございました(笑い)。言っておきたかったことを一通り言ってしまったような気がしましたので、とりあえずお休みさせていただきました。

―――長谷川先生、いかがですか。

【長谷川】Dr.サーノは、身体への治療は、心の底に蓄積された怒りへの気づきを妨げるからやめた方がいいと述べていますが、TMS理論をきちんと理解した上であれば、従来の治療システムを併用することも可能だと私は考えます。

TMSに冒された患部には、現実に酸素欠乏という病態が存在しています。認識療法によって自律神経機能の回復をただ黙って待つよりも、もっと積極的に血流を改善させる手段を講じても害はないはずです。

ただしそのさい治療者は、マニピュレーションによる身体への治療で腰痛を完治させようなどとは考えず、あくまでも対症療法だと割り切って行うべきです。根本的原因は心にあるのですから、それを解決するのは治療者ではなく患者の仕事です。治療者はそれを補助するという形で、患者を支え続ければいいのです。

「怒り」を認め、心の動きに注意を向ける

―――痛みが再発する可能性もあると思いますが、どんなことが考えられますか。   

【長谷川】TMSの原因となる無意識下に抑圧された怒りには、大別すると次の3種類があります。  

1.日常生活におけるプレッシャーによる怒り  
2.幼少時に受けたトラウマによる怒り
3.欲求を満たすために自ら課したプレッシャーによる怒り

このうち再発に関係しているのは1と3です。日常生活上のストレスが限界を越え、しかもそのことに気づいていないと再発する危険性が高まります。

いずれも怒りを抑圧してしまうためにTMSが発症するので、日頃から自分の中には怒りがあることを認め、心の動きに注意を向ける習慣を身につけることが重要です。心の中の感情に対して何の価値判断も加えず、ありのままに受け入れることです。

それから、私たちがかけられている「呪い」の影響も忘れてはなりません。この「呪い」によって条件づけがなされていれば、いつでも簡単に再発してしまいます。ですから、TMSの治療にとっても予防にとっても、「呪い」を解くことが何よりも優先されなければならないのです。

【大川】一般に知られている外科学的、内科学的、心理学的な機序のすべてが考えられます。このうち心理学的な機序についていえば、精神的ストレスは一般に交感神経の活動を亢進させ、これは筋肉および血管を収縮させます。このような虚血状態が腰痛の発生の素地になることは疑いを入れません。が、先ほどから言っておりますように、それがすべての腰痛の原因では、もちろんありません。

―――TMS理論で一度軽快もしくは治癒した腰痛が再発する可能性として、心理学的機序が考えられるということですか。

【大川】もちろんです。それをいえば、精神的ストレスが発症の原因を担っていない疾患を探すことの方がむずかしいでしょう。

【守屋】TMSの再発ということで言えば、情動的な緊張を生み出すサイクルのスイッチが完全に切り替わっていない可能性があると思います。サーノは、再プログラミングができていないうちに運動を再開することで再発することがよくあると言っています。これもカイロプラクターが運動分析を行い、段階的な運動プログラムを提供してあげることで再プログラミングがスムーズに行えると私は思っています。その意味でも、今後カイロプラクティックの臨床にエクササイズあるいはリハビリテーションプログラムの導入が重要になってくるように感じています。

心と痛みの関係は緊密ではあるが……

―――結局、この治療法は、生体のもつ自然治癒力を賦活化させるところに帰結するような気がしますが。

【守屋】人間の身体はとても複雑で、例えば痛みの原因と結果についてもどのような因果関係が存在しているかわかっていない。なぜ治ったのかとなると、ましてわからない。結局、「ブラックボックス」なんですね。何となく治ってしまったから、それを「自然治癒力」などと総括してしまいます。自然治癒力のプロセスが解明できるかどうかは別にして、これもブラックボックスの別の表現に聞こえて私は好きではないのです。

TMS理論はこのブラックボックスに挑戦して、その中身の一端を生理学的に仮説しようとしたものと理解していますが、どうして治ったのかとなると、その証明も結局は結果をグループで評価して効果の有る無しで統計的評価をしているにすぎません。人間や生物を相手にして因果関係を明確にすること自体が困難なことかもしれませんが、自然治癒力に帰結させる前に疫学的な方法をできるだけ確立していくことが必要だと思います。

【長谷川】もちろんあらゆる医療行為は、自然治癒力をいかに引き出すか、治癒プロセスのスイッチをどうやって入れるか、ということですからね。ですが、これほど現代医学が発達し、数多くの代替医療が存在しているにもかかわらず、TMSが急増しているという事実を考える時、TMSは「医原病」ではないかと疑いたくなってしまいます。ということで、TMS理論は自然治癒力を賦活化させるというよりも、病因もしくは悪化要因を非活性化させているという意味合いが強いかもしれません。

【大川】はっきり言わせてもらえれば、非侵襲的かつ非薬理学的な治療法で、そうでないものが何かあるでしょうか?

―――おっしゃるとおりだと思います。心の状態と痛みの関係には密接な関係がある、というように理解していいのでしょうか。たとえば、筋骨格系の障害は「心身症」に由来するというサーノの説にはいかが思われますか。

【大川】心の状態と痛みの関係には間違いなく密接な関係があります。先ほども言いましたとおり、一般に精神的ストレスは交感神経の活動を亢進させ、交感神経は血管を収縮 させ、筋のトーンを増します。これそのものが痛みの原因にもなります。また、この状態は、ちょっとした外力によって組織の損傷が引き起こされやすい状態ともいえます。

が、このよく知られた事実と、サーノの言うこととは本質を異にしています。彼は、心理学でいうところの心の防衛システムの結果として腰痛が引き起こされると言っているのです。ヒステリーをもつ患者は、喉のあたりにヒステリー球という隆起を一時的に作ることがあります。これは体に異形な部分をあえて形成することによって周囲の注意を引こうとする、心の努力の結果であると説明されます。これと似たようなことが腰痛に関しても起こっているはずだというのがサーノの主張なわけです。

これは彼自身の注意深い観察の結果としての理論なのでしょうが、そもそも心理的防衛機制の一形態としてそのようなこと(腰痛)が有り得るかというテーマは心理学の研究対象なわけで、その専門家たちの間ではそういった現象は今のところ確認されていないわけです。そしてサーノは心理学の専門家ではありません。

こう考えてくると、サーノの主張は将来、さらに研究された結果として大きな実をつける可能性は残すものの、今の段階では、正当な扱いを受けるべき医学上の理論としては極めて脆弱なものといわざるを得ないのではないか、と考えます。

米国では数十万人の人々が恩恵を浴している

―――このTMS理論で、慢性腰痛問題のほとんどは解決できるのでしょうか。

【大川】再びですが、その問題は慢性腰痛という言葉をいかに定義づけるかによるわけで す。サーノが言うように、心理学的な問題以外に何の問題もないことが確認できている患者さんの訴えを「慢性腰痛」とするのであれば、当然ながら答えはイエスに非常に近くなります。が、ごく一般的な言語感覚に従った「慢性腰痛」のことを議論するのであれば、答えはノーだと思います。

【守屋】私はサーノの方法をそのまま使っているわけではありませんし、やってはダメと言われている身体への治療もほとんどのケースで行なっています。ですから、TMS理論で慢性腰痛を解決できるかどうかに結論を出せる立場にもないし、その段階でもありません。ただし、サーノ自身も最初の電話予約の段階でTMSとそうではないものをふるいにかけ、受け入れるのはその半数だそうですから、慢性腰痛のほとんどをTMS理論で解決できるとはサーノ自身も考えていないはずです。

―――長谷川先生はいかがですか。

【長谷川】そうは問屋が卸さないでしょうね、やはり。いうまでもなく腰痛は、致命的ないし緊急処置を要する重大疾患のサインである場合があるからです。その代表的なものに、悪性腫瘍、脊髄感染症、圧迫骨折、強直性脊椎炎、馬尾症候群があります。これらにTMS理論を使ってみたところで、効果があるはずはありません。

それからもうひとつ、久留米大学医学部の長沼六一先生が定義づけた"痛みに生きる人"にもTMS理論は効かないでしょう。すなわち、「長年にわたって痛みを訴え続け、その間あらゆる身体的治療に抵抗し、最終的には精神療法的接近も受け入れず、決して消失することのない痛みに苦しむ人々」のことです。

こうした患者は、TMS治療プログラムを跳ね返してしまうほどの、強い敵意と激しい怒りを秘めています。となれば、心理療法の出番ということになりますが、残念ながら基本的な「治療者―治療関係」すら結べないことが多いのです。 こういった特殊とも言えるケースを除けば、筋骨格系の痛みをもつ患者の95%は、TMS治療プログラムで解決すると思います。残りの5%は心理療法が必要となるかもしれませんが、"痛みに生きる人"は全体の1パーセントにも満たないはずですから、そうそう治療の対象にはならないはずです。

(了)

季刊マニピュレーション,15(4):74-83

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